黒柴つくし~心の眼~

見えなくても、こころで感じて見える日々

† 犬の十戒 † The Ten Commandments of Dog Ownership

My life is likely to last ten to fifteen years. Any separation from you will be painful for me. Remember that before you buy me. 私の一生は10~15年くらいしかありません ほんのわずかな時間でも貴方と離れていることは辛いのです 私のことを買う(飼う)前にどうかそのことを考えて下さい。

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Posted by つくママ on

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闘病記[その6]

Posted by つくママ on   4 comments   0 trackback

つくしの術後の回復は順調な経過を辿っていた。

後はメンタル・・・こちらは少しづつだがつくしのペースでゆっくりと、いつもの生活に戻りつつあった。



それは不意打ちを突かれたかのように
術後 ひと月半の検診を控えた10日程前
左目の手術から37日目の出来事だった。


その日 私の手帳にはこんなふうに記してある。
2月24日・・・[つくし右目発症 ついに来た!・・・だけど早いよ。やっと左目が落ち着いてきたところなのに・・・残酷]



思い返せば・・・深夜、つくしが珍しく私のベットに上がって 顔の辺りでモゾモゾ奇怪な行動をとっていた。
いつもなら自分の寝床から移動するのは、主人のベットのはずなのに
私は眠気に勝てず 布団を頭から被り つくしを無碍にした。

朝になり・・・私の後から主人に抱かれ リビングに連れてこられたつくしを見て驚愕した。

主人・・・「ママのベットに上がって動こうとしないから、連れてきたよ。」と、フローリングにつくしを降ろした。
何か 格好が変だった。固まっているような・・・
何秒かしてヨタヨタとソファに上がった。その瞬間
そこで初めて嫌な予感がした、ソファにいるつくしの目を見た!

右目を閉じていた。
左目は義眼、右目も痛くて開かず その時のつくしは見る事が出来ていなかったはずだ。
気が動転した。怖くて、悲しくて身体がガタガタ震えたのを忘れない。


そこで・・深夜、私のベットでモゾモゾしていた訳に気が付いた。
そうだったのか、私のベットに来たのは教えていたんだ!
「ママ、お目目が痛いよ~」と・・・

その時気が付いてやれなかった自分が情けなかった。自分で自分を罵倒した。
「ごめん、つくし。教えてくれていたのに、ママ気が付かなくて。」


いつかは必ず・・と覚悟はあったが、まさかこんなに早くに右目に発症するなんて正直思っていなかった。
左目の術後の回復に気を取られていてというか、不覚だった。



[緑内障]・・・発症したら治る事のない病気

なんて残酷な病気、神様なんてこの世になんていないと思った。
完全に奈落の底に突き落とされた感じだった。

ワナワナしながらも、主人の朝の支度と病院へ行く準備を始めた。
そして大学が休みになっている娘を叩き起こし、病院へと向かった。


到着して間もなく2階での院長診・・・眼圧78mmHg(正常値25mmHg以下)とんでもない数値に愕然とする私と娘
「来たね~」が院長の言葉だった。高眼圧時での視神経の確認検査は難しい。
診断は、朝の様子と診察室の床を覚束ない足取りで歩くつくしの状態からして 見えていないと言われた。
心の準備もないままに、全盲になったつくしを受け入れる事は容易い事ではなかった。


2週間前 左目の術後検診の際、右目の眼圧も測ったが15mmHgと なんの兆候もなかった右目
・・・何の前触れもなく いきなり来るこの緑内障というこの病気に、遣る瀬無さをぶつけられない事がものすごく悔しかった。


誓ったのに・・・右目だけは、せめてこのひとつだけは守ってあげるって・・・
自分の力では どうにも出来ないこの病気との闘いに理不尽さが募った。無力さだけが残った。

つくしが何をしたの?
なんでこんなにつくしを苦しめるの?

あまりに残酷すぎて、やり場のない気持ちに私の中の世界が止まった気がした。


つくしは眼圧を下げる為に前房穿刺(前眼房の中の房水を針で穴を開け、一時的に外へ出す)の処置を受け眼圧5mmHgまで下がった。
左目の急変の時がフラッシュ・バックした。
眼圧の高さは左目の時よりずっと高い。思うだけで怖かった。
なにひとついい事が思えない状況・・・そんな時は 考え方までも悪い方、悪い方へと進む。底なし沼にはまったように・・・
 
2010022411280000-1.jpg 処置後
目の神様「新井薬師」にて・・・



つくしは 5日後に診せるように言われ、飲み薬(抗生物質)を処方され帰宅した。

翌日になってもメンタルの弱いつくしは、目も開けなければカドラーからも動かない。
又、眼圧が上がってしまったのか?
心配で怖くて 翌日、市内の眼科併設病院へ連れて行き眼圧を測って貰った。
眼圧は9mmHgだった。痛みはないはず、今にして思えば両目が見えなくなり動く事が出来なかったのだろう。

その後得た事だが、前房穿刺の処置をして翌日に眼圧が急に高くなる事は稀にない。
なぜならひとケタまで下がった眼圧が 正常値を上回るのには3・4日はかかるそうだ。
(目を循環している房水が隅角から抜け切らず 少しづつ少しづつ目の中に残る)
だがこの時はまだそんな仕組みまで知り得ていなかった。

東京で処置をした翌日に市内の病院での眼圧測定、私が取ったこの行動には実は大きな訳があった。


それは・・・今は無き左目に対する懺悔だった。
手術当日 眼圧が正常値内だった事
急変してから手術を迎えるまでの間に 眼圧の変動をもっと知っておくべきだったと後悔していた。

目が開かない事にしても、痛み(眼圧)では無くつくしのメンタルの弱さからの要因もあると分かった事などから
右目だけは・・・発症した今 最終的には義眼になっても決して後悔はしたくなかった。
どんな事があっても、自分を犠牲にしても左目への償いも兼ねて 全身全霊で右目の緑内障と闘う事を決めていたから・・・


そして右目発症から3日後
真っ暗な世界の中で つくし4歳のお誕生日を迎えた。
まだまだ4歳、活発な年頃だろう これからなのに・・・バースディーケーキに灯されたローソクの光も見えない
「つくし、お誕生日おめでとう♪」と家族みんなでお祝いをした。
だが、家族の誰もが 今までとは違うつくしの誕生日に物悲しさを覚えていた。

もし神様からつくしにプレゼントが頂けるのであれば・・・「つくしの目に光を!」 と願わずにはいられなかった。



3月1日・・・検診 眼圧22mmHg(正常値25mmHg以下)眼圧は落ち着いていた。
だが見えてはいない。
眼球内の映像を取り、その写真を見ながら説明を受けた。
高眼圧になった事で、やはり視神経が圧迫を受けたようだった。一部が途中繋がっていないような視神経が映し出されていた。
院長も視力が戻るかどうかは微妙だと言った。とにかくもうしばらく飲み薬を続ける事になった。

この飲み薬・・・副作用があり、食の細いつくしが異様な食欲になり体重増加が著しかった。
術後に落ちた体重を一気に戻す勢いで、太る事も少し気になった。
だが その時は、副作用のリスクより視力が戻る事に一縷の望みを託すしかなかった。

次回は一週間後の検診


右目発症から一週間が過ぎた頃・・・つくしもようやく自分の置かれている状況を受け入れ出し、カドラーからも少しづつ出て ゆっくりとあちこちにぶつかりながらも家の中を動き出した。
この時のつくしを見て 動物って逞しい生き物だなと感動した事を忘れない。
自分だったらどうだろうと思った
たった一週間という短い時間の中で、今の自分を受け入れるという事
自分だったら、もっともっと膨大な時間がいる事だろうと思った。

私がクヨクヨ・メソメソしていたらいけない!
つくしは弱くない。自分で前に進んでいこうとしている

この時心に決めた。顔を上げ 前を見て歩こうと
そんな事までつくしに教わった。


そして・・・見えない生活になって10日を過ぎた頃
散歩に出て、「あれ?」と思う事 「見えてる?」と思う事に首を傾げた。
クルーチングを回避出来たり、水溜りを避けたりと だが半神半疑だった。家の中では、柱の角にゴチンとぶつかる事も今だにあったりもしていたから


3月8日・・・2度目の検診
眼圧19mmHg(正常値25mmHg以下)落ち着いていた。
ここで少し安心できると感じた。
院長に「どう?」と聞かれ「なんとなく見えているような感じもします。」と答えた。
院長はつくしの目にライトを当て、右へ左へと振った。
「うん!見えてるね。光を追ってる。」と言った。
視力が戻って来ていた。又 つくしの目に私達家族が映る。
右目発症から13日目だった。
見えていなかった期間はおそらく10日前後だったのだろう。

胸がいっぱいになるくらい、温かいものが込み上げた。
心に火が灯ったように・・・

次回は10日後の検診

徐々に つくしはいつもの生活に戻っていった。視力は 視野狭窄はあるがほとんど生活に支障は無かった。
又、いつもの穏やかな生活が送れていることが嬉しかった。


3月17日・・・3度目の検診
眼圧21~16mmHg(正常値25mmHg以下)落ち着いていた。
視力も戻り、眼圧も3週間近く安定していた 
ここで院長から検診終了のOKが出された。


この急変を乗り越え 日々生活するつくしに、今まで以上の愛しさを感じる自分がいた。
こうして4週間に亘る経過を経て
いつもの日常を送り始めるのだが・・・


そう容易く穏やかな安定した時間を与えてくれるほど、[緑内障]は甘くなかった。
それから間もなく、[緑内障]は残されたつくしの右目を もて遊ぶかのように高眼圧を大砲のように撃ち放すのである。

そして私は、眼圧の呪縛に取り憑かれたように
一週間に2度・3度と市内の病院へ眼圧測定へと、暴れて嫌がるつくしを連れて行く事になるのである。

嫌がるつくしに・・・「あなたの為だから」と言いながら・・・   つづく






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Comment

Michy says... ""
悲しみと喜びが交互に訪れ、穏やかに過ごせる時間が
徐々に短くなって行く…
そんな病気ですね,緑内障。
私も突然の再発に全身が凍り付き、「一度左目で
経験しているのに、何で気づいてやれなかったの?!」
と自分を責めました。
そして眼圧の恐怖に取り憑かれる日々。
今、思い返しただけで息苦しくなります。
愛犬がこの病気になってしまった飼い主は、皆さん
ほぼ同じような思いで過ごすのだ…とあらためて
実感しています。
でもね…苦しんだ先にはまた穏やかな日々が待って
いるから、今闘っている方には「大丈夫!」と
やはり言いたいです。
2011.02.09 01:36 | URL | #jViTC7kk [edit]
miw@ says... ""
Michyさんと全く同じ気持ちです。
今・・・緑内障との闘病に終止符をうち、
こうして穏やかな生活を取り戻し・・・
あーくは「何も失ってない」
「何も変わっていない」
心からそう思います。
どうか後悔のないように!
憎っくき緑内障に勝てるのは大きな家族の愛だけです!
頑張れ!応援します!
2011.02.09 13:59 | URL | #yQdQCbEY [edit]
つくママ says... "Re: タイトルなし"
いつも温かく、心強いコメントを
ありがとうございます。

苦しい中にも 苦しさを覚えた故の喜びがある事を、前を行く
Michyさんやmiw@さんから、たくさん教えて頂いています。

毎日がやはり必死ですが、その中にも穏やかさを心掛けて
つくしの目を守っていければと思っています。
2011.02.09 23:11 | URL | #- [edit]
つくママ says... "Re: タイトルなし"
強く温かいコメント ありがとうございます。

いつ この緑内障との闘病が終わりになるのかは
わかりませんが、
いつどんな形で終わるにせよ、後悔だけはしたくない。
そう思いながら一日一日を送っています。

そして終わった時は、miw@さんやMichyさんのように
全てやった!後悔はしていない!と
胸を張って言えるように・・・頑張ります。
2011.02.09 23:26 | URL | #- [edit]

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